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【映画化】映画を見る前に知りたい太宰治【人間失格】

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こんにちは!北基です!

 

「人間失格」といえば誰もが一度は耳にしたことがある日本文学の最高峰にして

太宰治最後の小説です。

夏目漱石の「こころ」と累計部数で1位を争い続ける、まさに日本を代表する名作です。

 

2010年に一度映画化されていますが今回小栗旬さん主演で再び映画化されるようですね!(^^)!

今からとても楽しみですが映画の前に

 

・「人間失格」とはどんな小説なのか?

 

・太宰治とはどういった人物なのか?

 

このあたりを見ていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

■目次

 

 

 

 

太宰治

太宰治といえば「人間失格」以外にも「走れメロス」や「斜陽」などの名作がありますが、太宰本人はどういった人物だったのでしょうか?

 

・略歴

(1909-1948)青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が、第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、パビナール中毒に悩む。1939年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚、平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

※新潮社のサイトより引用

 

 

・人物

薬物中毒で酒浸り、おまけに借金地獄の日々。
5回も自殺未遂を繰り返し、最後は愛人と玉川上水で心中。

昭和の文豪・太宰治の人生は破天荒で、ある意味では実に物書きらしいと言えるものでした。

 https://magazine.gow.asia/love/column_details.php?column_uid=00000515

 

というようにとても常人では考えられないようなハチャメチャな人生ですね。

そんな彼ですが感受性が強く情緒不安定であったそうです。 

 

そんな太宰ですが作品以外にも多くの名言・格言を残しています。

 

 

 

・名言、格言

人間三百六十五日、

何の心配も無い日が、

一日、いや半日あったら、

それは仕合せな人間です。

 

 

人間は、しばしば希望にあざむかれるが、

しかし、また、

「絶望」という観念にも

同様にあざむかれる事がある

 

 

恋愛は、チャンスではないと思う。

私はそれを意志だと思う。

 

 

ほんの一部ですが略歴と人物を見た後だと言葉の重さが違って聞こえますね。

 

 

 

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人間失格

構成としては

 

はしがき → 第一の手記 → 第二の手記 → 第三の手記 → あとがき

 

となっています。

はしがきとあとがきの主人公が手記を読んでいるという設定で話が進んでいきます。

 

 

・はしがき

「私」がその男(手記の作者)の三枚の写真を見るところから始まります。

・一枚目は男の幼少期の写真

 一見可愛らしが見る人が見ればなんと嫌な気分になる不思議な表情の写真

 

・二枚目は男の学生時代の写真

 おそろしく美貌な男性だがやはりどこか怪談じみた不思議な写真

 

・三枚目は男の年齢不詳の成人後の写真

 一番奇怪な写真。表情もなく印象もない写真

 

 はしがきはこの三枚の異様な写真の感想で終わり、そしていよいよ本編である「手記」に移っていきます

 

 

・第一の手記

「恥の多い生涯を送ってきました」

 

とても有名なこの一説から始まるのが第一の手記です。

葉蔵の少年時代の話なのですが、この少年はとにかく「人間がわからない」「人間の生活がわからない」そして自分と他人が全く違うものなのではないかと不安を常に抱えているような少年です。

 

人とどう話していいかわからない葉蔵は道化を演じることを考えます。

表向きには笑顔を絶やさず、内心は大一番の体で危機一髪といった心持で道化を演じていました。

 

 

 

しかし学校で成績優秀者である葉蔵は学校で尊敬されそうになってしまいます

尊敬されるという観念は葉蔵にとって恐ろしいものでしかなかったのです。

そこでも葉蔵は道化を演じその状況を回避します。

 

馬鹿なことをする葉蔵を先生は注意しますが彼は止めません、

先生も実は楽しみにしていることを知っていたからです。

このように葉蔵はとても頭の切れる計算高い子供だったのです。

 

またある日父の取り巻きたちが裏では悪口を表ではおべっかを使っているの見てこう思います

 

けれども、自分には、あざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、修身教科書的な正義とか何とかいう道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が難解なのです。人間は、ついに自分にその妙諦みょうていを教えてはくれませんでした。それさえわかったら、自分は、人間をこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。

※人間失格、第一の手記より引用

 

このように葉蔵は人間に恐怖し、その後の人生にも強く影響してきます。

第一の手記は葉蔵の人格形成の功でした。

 

 

 

 

 

 

・第二の手記

葉蔵は東北の中学に上がり親戚の家に下宿し学校に通っていました。

そこでも道化を演じ続けている葉蔵は学校でも人気者になっていましたがある日「竹一」というクラスメートに道化を見破られてしまいます。

 

竹一は病弱で成績も良くないといった人物で全く警戒していませんでした。

その竹一に道化を見破られ葉蔵は非常に焦ります。

竹一がそのことを言いふらすんじゃないか?そうなったら自分はもうお終いだと不安の日々を過ごします。

 

そこで葉蔵は打開策として竹一と親友になることを思いつきます。

ある雨の日傘を持っていなかった竹一を自分の家に誘い耳が痛いという竹一の耳から丁寧に膿を拭ってやりました。

そのことがきっかけで二人は仲を深めていきます。

 

そして竹一から「お前はきっと女に惚れられるよ」と言われます。

 

その予言めいた言葉は大人になってからも葉蔵の心に強く残っていくのでした。

実際葉蔵の人生は常に女とかかわっている、

 

「人間への恐怖心」と「女」

 

この二つと向き合っていく人生といえるかもしれません。

 

 

またある日竹一がゴッホの自画像をもって遊びに来ました

その絵を竹一はお化けの絵といいます

面白く思った葉蔵はモジリアニの画集から裸婦の絵を見せました。

 

竹一「地獄の馬みたい」

 

このことに興奮した葉蔵は自分もお化けの絵を描くと言い自分の自画像を描き始めました。

完成したそれは自分でも驚くほど陰惨なものになりましたが竹一にそれを見せると

 

お前はえらい画家になる

 

と言われます。

この言葉もまた葉蔵の心に強く残っていきます。

 

「女に惚れられる」「えらい画家になる」この二つの予言を竹一に与えられやがて葉蔵は東京の学校に進学します。

 

そこで堀木という画学生から酒、たばこ,淫売婦、質屋、左翼思想を教えられます。

堀木と付き合ううちにどんどん堕落していきなし崩し的に左翼運動にも加担していきます。

 

そんなかあの予言の通り三人の女が葉蔵に近づいてきます。

下宿先の娘

左翼団体の女

そしてツネ子という女です。

 

その中のツネ子と関係を持ち、死のうと誘われます。

人間への恐怖心や左翼活動の煩わしさなどを抱えていた葉蔵はその提案を受け入れます。

共に入水自殺を試みますがツネ子は死に、自分は生き残ってしまいました。

 

その夜、自分たちは、鎌倉の海に飛び込みました。女は、この帯はお店のお友達から借りている帯やから、と言って、帯をほどき、畳んで岩の上に置き、自分もマントを脱ぎ、同じ所に置いて、一緒に入水じゅすいしました。
 女のひとは、死にました。そうして、自分だけ助かりました。

※人間失格、第二の手記より引用

 

 

 

 

 

・第三の手記

先の自殺の失敗し故郷とのつながりを絶たれ学校も追放された葉蔵は身元保証人のヒラメと呼ばれる男の家に世話になっていました。

 

ほぼ軟禁状態の生活で、ある日ヒラメに今後どうするのか聞かれ、葉蔵はその晩逃げ出します。

 

そして堀木の家に行きそこで出会ったシヅ子という女記者に世話になることになります、そしてシヅ子にはシゲ子という5歳の娘がいましたが、三人で暮らすことになります。

 

シヅ子から漫画の仕事を紹介され稼げるようになると今度は酒に溺れていきました。

ある日シヅ子とシゲ子が二人で幸せそうにしているのを見て二人の元から去っていきます。

 

そして京橋のスタンド・バアの二階に寝泊まりすることになりました。

酒ばかり飲んでいましたがそれを止めてくるヨシ子という処女に出会います。

 

後々二人は結婚して共に暮らし始めるのですがヨシ子が他の男と関係を持っているところを発見してしまいそれが葉蔵に決定的なダメージを与えます。

 

自分は、ひとり逃げるようにまた屋上に駈け上り、寝ころび、雨を含んだ夏の夜空を仰ぎ、そのとき自分を襲った感情は、怒りでも無く、嫌悪でも無く、また、悲しみでも無く、もの凄すさまじい恐怖でした。それも、墓地の幽霊などに対する恐怖ではなく、神社の杉木立で白衣の御神体に逢った時に感ずるかも知れないような、四の五の言わさぬ古代の荒々しい恐怖感でした。自分の若白髪は、その夜からはじまり、いよいよ、すべてに自信を失い、いよいよ、ひとを底知れず疑い、この世の営みに対する一さいの期待、よろこび、共鳴などから永遠にはなれるようになりました。実に、それは自分の生涯に於いて、決定的な事件でした。自分は、まっこうから眉間みけんを割られ、そうしてそれ以来その傷は、どんな人間にでも接近する毎に痛むのでした。

※人間失格、第三の手記より引用

 

葉蔵は再び自殺を試みますがそれも失敗に終わります。

再び酒に溺れますがそれを抑えるためモルヒネを貰うと今度はそれの中毒者になってしまいます。

 

借金ばかりが膨らみ最後の手段として実家の父に手紙を書きますが返事は一向に来ません。

そうこうしているうちに堀木とヒラメが訪ねてきて葉蔵は病院に入ることになりました。

 

脳の病院でした。

 

3ヶ月たち故郷の兄が葉蔵を引き取りにやってきました、そして

父親が先月末に胃潰瘍で他界したことを聞かされます。

 

父が死んだ事を知ってから、自分はいよいよ腑抜ふぬけたようになりました。父が、もういない、自分の胸中から一刻も離れなかったあの懐しくおそろしい存在が、もういない、自分の苦悩の壺がからっぽになったような気がしました。自分の苦悩の壺がやけに重かったのも、あの父のせいだったのではなかろうかとさえ思われました。まるで、張合いが抜けました。苦悩する能力をさえ失いました

※人間失格、第三の手記より引用

 

兄の世話になることになり、かなり古びた家と60近い赤毛の醜い女中を一人つけてもらいました。

 

いまは自分には、幸福も不幸もありません。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。
 自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂「人間」の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思われたのは、それだけでした。
 ただ、一さいは過ぎて行きます。
 自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます。

※人間失格、第三の手記より引用

 

 

 

・あとがき 

場面は変わり再びはしがきの主人公に戻ります。

スタンド・バアのマダムからこの手記と写真を見せられた主人公はこのまま出版することにしました。

 

そしてマダムとの何気ない会話の印象的な一言でこの話は終わります。

 

「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」

 

 

 

 

 

 

最後に

今回の映画は「人間失格 太宰治と3人の女たち」というタイトルにあるように人間失格を映画化するのではなく太宰治の映画を撮ったみたいですね。

しかし人間失格じたいが太宰治自身をモチーフに書かれているので先に「人間失格」を読んでおくとより映画を楽しめると思います。

 

上映までまだ時間があるので今回の記事で少しでも興味を持たれた方は是非一度小説を手に取って読んでみてください。

 

www.aozora.gr.jp

 

 

 

 

 

 

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